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フィナンシャルエンジニアリングレポート Vol.38

ポートフォリオの分散効果について(2/2)

2022年3月
みずほリサーチ&テクノロジーズ マーケッツデジタルテクノロジー部 太田 晴康

4.最大ドローダウンについて

では、最大ドローダウンをリスク指標としたとき、同じ株価データで分散効果は得られるだろうか。

最大ドローダウンもリスク指標の1つで、ドローダウン(累積リターンの投資開始時点からのピークから各時点の累積リターンを引いた値)の投資期間における最大値である*5。図6参照。


図6 最大ドローダウン
図6


先ほどと同様の方法で、総当たりの組合せの回数だけ等ウェイトポートフォリオの最大ドローダウンを計算し、平均したのが図7である。


図7 最大ドローダウン(右は資産数1を100%に規格化)
図7

(出所)日経500種平均株価(業種別日経平均株価)(https://indexes.nikkei.co.jp/nkave/index?type=download)に基づき、みずほリサーチ&テクノロジーズが作成


2020年については、ヒストリカルVaR同様、資産数を増やしても最大ドローダウンはほとんど減少しない。2020年の10資産のポートフォリオの最大ドローダウン期間に限定して、リターンの標準偏差と相関係数を求めると、年全体と比較して大きい値になっており、最大ドローダウンの分散効果が小さいことと整合的である。図2と図7の右側のグラフを比較すると、2021年については標準偏差より大きな分散効果を得られている。

5.モデルによる考察

参考文献[1]をもとに、各資産の日次リターンを一定のドリフトがあるブラウン運動でモデル化する。この資産で構成する等ウェイトポートフォリオのリターンもまた一定のドリフトがあるブラウン運動になる。実際の市場データは、正規分布より裾の厚い分布に従い、自己相関があるなどと言われている。この簡易なモデルでは、市場データのモデルとして不十分かもしれないが、大まかな特徴を把握するために本稿では使用する。

ここまでの内容から、2020年の日次リターンより、2021年のほうが正規分布に近いと思われるため、一定のドリフトとブラウン運動の標準偏差に、2021年の10資産の日次リターンの平均と分散共分散を使い、2021年データで求めたヒストリカルVaRと最大ドローダウンの実績値、これらの分散効果が再現されるか確認する。

計算では、多次元の正規乱数を使い、244日分×10資産の日次リターンを10000回発生させ、10資産の等ウェイトポートフォリオについて、99%ヒストリカルVaRと最大ドローダウンのヒストグラムを作成した。


図8 10資産ポートフォリオの99%VaRと最大ドローダウンのヒストグラム
図8

(出所)日経500種平均株価(業種別日経平均株価)(https://indexes.nikkei.co.jp/nkave/index?type=download)に基づき、みずほリサーチ&テクノロジーズが作成


図8の赤い矢印は、本稿の前半で計算した実績値を表している。左右の実績値はいずれもヒストグラムの中央付近にあり、モデル上稀な事象ではなさそうである。また、図8の右側のグラフはばらつきが大きく、2021年のパラメータを使った簡易なモデルでも30%以上の最大ドローダウンが5%程度存在する。最大ドローダウンの制御はより難しいと思われる。

また、分散効果の確認のため、同じデータを使って、10資産ポートフォリオのリスク量を各資産のリスク量の平均で割った値についてもヒストグラムを作成した。


図9 10資産ポートフォリオの99%VaRと最大ドローダウンの比のヒストグラム
図9

(出所)日経500種平均株価(業種別日経平均株価)(https://indexes.nikkei.co.jp/nkave/index?type=download)に基づき、みずほリサーチ&テクノロジーズが作成


図9のヒストグラムの平均は、99%ヒストリカルVaRが82.7%、最大ドローダウンが76.2%で、標準偏差と同程度かそれ以上の分散効果を平均的に得られている。図8の右側で見たように最大ドローダウン自身のばらつきは大きいが、図9の右側で100%以上になるデータはなく、ポートフォリオのリスク量のほうが大きくなる分散効果の逆転は起きていない。

図9の赤い矢印も、図8同様、前半で計算した実績値を表わす。左の99%ヒストリカルVaRの実績値は、ヒストグラムの中央付近に存在するが、右の最大ドローダウンの実績値は下位10%におさまる値である。より精緻なモデルでヒストグラムがどう変化するか、今後の課題としたい。

6.終わりに

本稿では、2020年、2021年の日経500種平均株価の日経業種中分類(36種)から選択した10業種の日次データについて、リターンの標準偏差、ヒストリカルVaR、最大ドローダウンを計算し、各々で分散効果を考察した。業種間のリターンの相関係数は、平均的に2021年のほうが低いため、リターンの標準偏差の分散効果は大きくなった。これらのリターンの標準偏差と比較して、2021年のヒストリカルVaRは同程度、最大ドローダウンはそれ以上の分散効果を得られるが、2020年は、新型コロナの影響で、株価が同時に大きく変動した時期があり、ヒストリカルVaR、最大ドローダウンで小さな分散効果しか得られないことが分かった。

日次リターンを一定のドリフトがあるブラウン運動でモデル化し、比較的正規分布に近い2021年のパラメータで検証すると、ポートフォリオのリターンのヒストリカルVaRと最大ドローダウンの実績値が概ね再現できること、最大ドローダウンのばらつきが大きいこと、分散効果の逆転は起きないこと、最大ドローダウンの分散効果はモデル以上の実績値になっていることが分かった。

本稿の分析をふまえ、モデルの限界を考慮しながら、今後も適切なポートフォリオのリスク管理に努めていきたい。

参考文献

  1. [1]Magdon-Ismail and A Atiya, 2004, Maximum drawdown, Risk October, pages 99-102

  1. *1資産全体をn資産、その中のp資産のリターンの標準偏差を計算する方法は、①n資産からp資産を抽出し、ヒストリカルデータから等ウェイトのポートフォリオのリターンを作り、その分散を求める、②n資産からp資産を抽出する総当たりの組合せについて①を行う、③②で求めた分散の平均を求める、④③の平方根を標準偏差とする、である。総当たりの組合せ数は、例えばn=10、p=5の場合、252とおりになる。
  2. *2日経ダウンロードセンター)(https://indexes.nikkei.co.jp/nkave/index?type=download)のデータを引用した。銘柄数の多い10業種は、建設、食品、化学、医薬品、機械、電気機器、商社、小売業、銀行、サービスである。本稿の株価データに関する記載はこのデータをもとにしている。
  3. *3標準正規分布の1パーセンタイルの符号を反転させた値
  4. *4参考として、各年の10業種のリターンについて、シャピロ・ウィルク検定を実施した。5%有意水準では、2020年は10業種すべてで正規性が棄却され、2021年はどの業種も棄却されなかった。
  5. *5本稿では累積リターンの計算に複利効果を考慮しない。
  • 本レポートは当部の取引先配布資料として作成しております。本稿におけるありうる誤りはすべて筆者個人に属します。
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