建設分野における物価等動向について(3/3)
2024年10月
みずほリサーチ&テクノロジーズ サイエンスソリューション部 三澤 文香
5. 2024年問題
2024年度より建設業界に働き方改革関連法が適用され、原則として月45時間・年360時間を超える時間外労働が規制された。適用により生じる様々な問題を世間一般的に「2024年問題」という。適用はワークライフバランスの確保に繋がるが、業界に与えるインパクトはかなり大きく、業界全体で対応に追われている。本レポートでは工期、物流、労務費(人材)の観点を建設分野の物価への影響も踏まえて整理する。
(1)工期への影響
時間外労働の上限規制により、適正工期の設定、既契約案件の工期・工程の見直しの必要が生じている。特に移動式クレーンやコンクリート圧送ポンプ車についてこれまでは現場作業時間が8時間程度であったが、今後は現場への往復の回送時間も労働時間とみなされるため、事前点検等を含め月間45時間以下の残業に収めるために、現場作業時間を原則として6時間程度に減ずる必要があるが仮に8時間作業を実施した場合の残業時間2時間については新たな追加コストとなる。また移動式クレーン作業及びコンクリート圧送作業の基本作業時間が6時間となることは大きく工期に影響を与えるとともに、新たな追加コストが発生し、建設コストにも影響を与えることが予測される。また工程の長期化により現場管理費、仮設費等の増加も懸念される。
実際に適正工期の設定に向けて、(1)国による発注者、受注者等への呼びかけ、(2)建設工事に必要な移動式クレーンやコンクリート圧送ポンプ車の関連団体による4週8閉所の実現、待機・作業時間を考慮した基本作業時間及び工程の見直しの申し入れ、(3)受注者による適正価格・工期の確保のための変更協議や選別受注、がなされており、再開発等の新規案件の計画に大きなずれが生じることも懸念される。
(2)物流への影響
運送業界でも建設業界と同じタイミングで働き方関連法が適用、自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)の改正がなされ、時間外労働規制への対応や処遇改善が進められている。建設業界への影響としては、搬入等への影響が生じることによる工期の長期化、処遇改善や運送能力の低下による物流コスト上昇が挙げられる。物流コストは現場への運搬のみならず、物流全般に関連するため資材価格にも影響を及ぼすことが予測される。実際に物流コストの上昇を理由とした資材価格の値上げを発表する企業も確認されており、今後も影響が広がる可能性が高いと予測される。
(3)労務費(人材)への影響
時間外労働の規制による更なる人手不足が起こり得ると予測される(人材に係る現状や動向は4.人材不足の深刻化を参照)。適用により生じる作業所閉所日の増加により、実質の月収や年収は減額となることからそれらを補填するための労務単価を増額する必要が生じており、新たなコストが必要となる。業界全体として処遇改善の流れの中、適用による実質月収や年収の低下を理由に人材不足となることも予想されており、労務費の更なる高騰を引き起こす可能性がある。また必要な人材が確保できないことで適正工期にも影響が生じ、建設分野全体のコスト増加にも繋がると考える。
6.まとめ
今回は建設分野の物価や特記すべき動向を整理した。建設分野の物価は昨年以降も上昇傾向の継続が確認された。今後も労務費の上昇や再開発を中心とした堅調な建設需要等が見込まれるため、建設物価が下がる要素は少ないと予測される。また、2024年問題等の物価に影響を与えうる動向も注視が必要である。
後半は2024年問題を整理した。本レポートでは、工期の長期化等のネガティブな観点からも整理したが、2024年問題への対応は持続可能な建設業界の実現には必要不可欠だと考える。2024年問題の解決には十分な労働力を確保が鍵となり、処遇改善やワークバランスの確保等による人材確保に加え、労働人口自体が減少している日本ではICTやAI等の技術を活用した生産性向上も必要となる。
建設業界は国民生活や社会基盤を支える重要な業界であり、今後も新たな都市開発、インフラ整備・更新、災害対応等、様々な場面で大きな役割を担うだろう。そのため建設業の転換及び発展は業界内のみならず社会全体において重要な意味を持つと考える。我々もシンクタンクの立場として業界全体を俯瞰的な情報収集・分析、情報発信することで持続的な発展や転換の一翼を担っていきたい。
- *1設備工事費情報の現状について, 2024年春版, 一般社団法人日本建設業連合会
https://www.nikkenren.com/sougou/notice/pdf/currentsituation_pamphlet_2404.pdf - *2令和6年3月から適用する公共工事設計労務単価について, 令和6年2月16日, 国土交通省
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001724088.pdf - *3令和6年度(2024年度)建設投資見通し概要, 国土交通省総合政策局
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001760431.pdf - *4建設業法及び公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律の一部を改正する法律案
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001728219.pdf
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