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カーボンプライシング最前線(上):CO2排出の負担可視化 企業・個人に変化を促す

  • *本稿は、2021年10月10日付の日経ヴェリタスに掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 環境エネルギー第1部 課長 元木 悠子

実質ゼロ達成の有力手段 投資やイノベーションを後押し

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が8月に公表した報告書(自然科学的根拠)は、地球温暖化の原因は人間の活動だと断定しました。また、気候を安定化させるためには、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出を速やかに大幅に削減して、排出実質ゼロ(カーボンニュートラル)を達成すること、そして気温上昇を1.5度に抑えることが必要だとしました。

そして、世界各国が気候変動対策を強化しています。ドイツは2045年、日本や欧州連合(EU)、英国、米国は50年、中国は60年のカーボンニュートラル達成を法律や大統領令で定めています。そして、どの国でも、目標達成の手段として、カーボンプライシングの強化を検討しています。

日本でも1月に菅義偉前首相が「成長につながるカーボンプライシングにも取り組んでいく」と宣言し、環境省や経済産業省で議論が行われています。

カーボンプライシングとは炭素排出を「見える化」し、企業に排出に伴う費用負担を求める制度です。脱炭素化の実現にはエネルギー消費量の削減やエネルギーの低炭素化を促す代替技術の導入が求められます。

カーボンプライシングが導入されると、企業は支払いを回避するために、限界削減費用(炭素を削減するためにかかるコスト)が炭素価格と等しくなる水準まで、代替技術の導入を進めると考えられています。カーボンプライシング導入で温暖化ガスの排出削減が深掘りされるわけです。もっとも、まだ商用化されていない技術など高コストな対策については、カーボンプライシングだけでは普及しないので、補助金など別の施策も必要になります。

カーボンプライシングには表に記したように、政府レベルと民間レベル、国連主導など、様々な取り組みがあります。このうち政府が実施する規制的なカーボンプライシングには、税率を設定して課税する「炭素税」と、政府がキャップを課して排出枠の取引を認める「排出量取引制度」があります。

炭素税は税率は固定されるものの、排出削減量次第で負担が変わります。排出量取引は排出できる総量が決まる一方で、排出枠価格が変動します。それぞれ一長一短があるものの、いずれも負担を抑えるために企業や消費者に行動変容を促して、脱炭素技術への投資やイノベーションを後押しする役割が期待されます。最近では、国からの輸入品に対して域内と同等の炭素規制を課す、EUの炭素国境調整措置のような新たな動きもあります。

こうした政府によるプライシングに加えて、カーボンニュートラルの潮流を受けて、民間セクターにおける自主的な取り組みも活発化しています。政府や民間が実施するクレジットメカニズムを活用して、自社の温室効果ガス削減目標の達成や新たな製品やサービスの展開につなげる企業も出てきています。また、社内で排出される温室効果ガスに独自に価格を付け、低炭素・脱炭素技術の投資をする際の判断基準として活用する、インターナルカーボンプライシング(社内炭素価格)に取り組む企業も増えてきています。


左右スクロールで表全体を閲覧できます

カーボンプライシングの種類
実施主体 規制 ボランタリー
政府 炭素税、排出量取引制度、
炭素国境調整措置
クレジットメカニズム(Jクレジット、JCM等)
国連機関 クレジットメカニズム
(CORSIA等)
クレジットメカニズム(CDM等)
民間 クレジットメカニズム(VCS等)、インターナルカーボンプライシング

(出所)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

日本では温対税導入も税率低く 炭素税・排出量取引の議論加速を

日本では地球温暖化対策のための税(以下、温対税)と呼ばれる炭素税に相当する税制が、石油石炭税に上乗せされるかたちで、2012年10月に導入されました。一方、二酸化炭素(CO2)の削減義務を課す排出量取引制度については、東京都と埼玉県が実施していますが、全国レベルの制度はありません。

温対税の導入に至る議論を改めて振り返ってみます。環境省が01年に税制の専門家による委員会を設置して炭素税の本格的な議論を始め、04年からは毎年の税制改正要望で、地球温暖化対策のための炭素税の創設を要望しました。

転機となったのは09年です。当時の鳩山由紀夫首相は就任直後に温室効果ガスの削減目標を引き上げ、炭素税と排出量取引制度、再生可能エネルギーの固定価格買取制度を、目標達成のための「主要3施策」に位置づけました。そして、12年3月に温対税を含む税制改正法案が国会で可決・成立しました。施行は12年10月で、炭素税は議論開始から10年で導入されました。

太陽光や風力の発電の固定価格買取制度は12年7月に導入されましたが、排出量取引制度は産業への負担などを見極めて慎重に検討するとして、主要3施策のなかで唯一、導入が見送られ、今日に至っています。

温対税は導入による急激な負担増を避けるため、3年半かけて税率をCO2排出1トン当たり289円に引き上げました。図に示したように、税率を比べると、石油石炭税の本則部分は石油とガス、石炭で異なりますが、温対税(炭素税)部分は同じです。エネルギー当たりのCO2排出量が大きな石炭の負担が相対的に大きくなる仕組みになっています。

財務省は20年度に温対税の税収が2340億円程度だったと推計しています。税収はすべてエネルギー対策特別会計に繰り入れられ、再生可能エネルギーの普及や省エネルギーに資する事業など、温室効果ガス削減策に充当されています。

一方で、環境省は諸外国の炭素税と比べると温対税の税率はかなり低い水準で、温室効果ガスの大幅削減には不十分だとして、18年から税率引上げを含む本格的な炭素税の導入に向けた議論を中央環境審議会で進めてきました。

そして、菅前首相が50年の排出実質ゼロを宣言したことで、経済産業省でもカーボンプライシングが議論されることになりました。本格的な炭素税の導入に前向きな環境省に対し、産業界の慎重な意見も踏まえ、自主的なクレジット市場の創出を目指す経済産業省との間で隔たりがあります。年内に政府として取りまとめる予定ですが、現時点では税率の引き上げなど本格的な炭素税(あるいは排出量取引制度)がいつ、どのような形で導入されるかは予測しにくい状況です。

一方で、温対税導入の頃とは大きく状況が変わっています。欧米だけでなく、中国や韓国など、世界中でカーボンプライシングが導入されています。そして国連や国際エネルギー機関、さらにNet-Zero Asset Owner Allianceなどの世界の投資家の連合体までもが、気候を安定化させるために、気温上昇を1.5度に抑える目標に整合する炭素価格を設定することを各国政府に求めています。

欧州連合(EU)の炭素国境調整措置など新たな動きもあります。日本でも30年には温暖化ガス排出を46%削減し、そして50年には実質ゼロの目標達成に向けて、カーボンプライシングの議論を加速する必要が生まれています。


地球温暖化対策のための税
図1

(出所)環境省資料よりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

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