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日本企業の「稼ぐ力」再興のために

企業価値向上に向けた打ち手としての「指名委員会等設置会社」(2/2)

  • *本稿は、『金融財政ビジネス』第11096号(時事通信社、2022年9月26日発行)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 戦略コンサルティング部
上野 剛幸、長 樹生

コーポレート・ガバナンスにおける指名委員会等設置会社の特徴

(1)機関設計上の特徴

ここで、指名委員会等設置会社の機関設計がコーポレート・ガバナンスの面でどのような特徴を有するのかについて簡単に確認する。

前述の通り、指名委員会等設置会社の取締役は業務執行を執行役に委譲し、その業務執行の監督を担うことになるため、基本的に取締役は会社のモニタリングに徹することになる。さらに、取締役の指名と報酬決定についても社外取締役を中心とした委員会に委ねることになる。他の二つの機関設計において広く行われてきた、社内人材による指名・報酬の決定が社外人材による評価に任せられることを意味するこの点については、社内の抵抗感が相当程度大きい側面を持つものの、ガバナンスの透明性という観点から大きな特徴であるということができる。

(2)ガバナンス面の形式上のメリット

このように、指名委員会等設置会社は取締役を監督に専念させることで、事業に係る業務執行を担う執行役を取締役がその名の通り「取り締まる」という強固なガバナンス設計が法定されている。ここには次の二つのメリットを見いだせる。

一つは「CGコードの自動的な充足」である。CGコードでは補充原則4-10①において、「特に、プライム市場上場会社は、各委員会の構成員の過半数を独立社外取締役とすることを基本とし、その委員会構成の独立性に関する考え方・権限・役割等を開示すべきである」と規定されている。これは指名委員会および報酬委員会の過半数を社外取締役で構成する必要のある指名委員会等設置会社の機関設計を順守することで自動的に原則を順守することが可能となっている。

次に「ガバナンス骨格の根拠を会社法に求めることが可能」な点が挙げられる。指名委員会等設置会社では前述の指名・報酬委員会の設置根拠を各社が独自に定めることのできる定款ではなく、会社法に求めることができる。これにより、対外的な説明のしやすさ、ステークホルダーへの説明として、ガバナンス体制が会社法を根拠としているという点に意義を持たせたい場合には特に有効に作用すると考えられる。銀行3メガグループが採用している点を既に挙げたが、他にも金融系企業は多くの企業が採用しており、この点に関して規制産業故の親和性が一定程度考慮されたものと推察される。

ただし、指名委員会等設置会社へ移行さえすれば、ガバナンスが強化されるというわけではない。例えば、15年に不適切な会計処理が発覚し、その後事業分割に揺れる東芝や、18年以降品質不正が相次いで発覚している三菱電機は、指名委員会等設置会社の形態をいち早く採用した企業である。

一般に、特定の指名委員間で役員指名に関わる情報統制を図ったり、特定の部門が各委員会で報告・付議すべき内容を恣し意い的に取捨選択したりするような不透明な運営がなされていると、本来発現するはずのガバナンス上のメリットは失われる。望ましいガバナンス水準の実現は、機関設計をはじめとするハード面と、日々の運用や企業風土といったソフト面の双方がかみ合って実現するものであるが、形式的な側面が強いとはいえ、より高いガバナンス水準を具備するための手段として、指名委員会等設置会社という選択は十分有効な選択肢である。

取締役会を個別の意思決定から解放する

ガバナンス面で強固な体制を築けていても、肝心の事業自体がいまひとつであれば、企業価値の向上は難しく、株主の利益や市場の評価にはつながらない。しかし、この点に対する有効性も指名委員会等設置会社にはあると考える。それは、指名・報酬委員会の法定と並ぶもう一つの最大の特徴である「取締役の業務執行からの解放」である。

前述の通り、指名委員会等設置会社では取締役は監督に専念するため、一定の重要事項を除いて業務執行(会社の事業に関する意思決定とその決定の執行を行う機能)は執行役が行う。経営の根幹に係る事項や金額が一定程度大きな事項などは、執行役に委譲されずに取締役会にて意思決定することになるが、基本的には取締役会は比較的重要度の低い全社マターや、個別事業に係る意思決定からは解放されることになる。

ただし当然、指名委員会等設置会社にすれば、無条件に意思決定スピードが上がるというわけではない。むしろ、意思決定スピードを上げることを意図した設計にしなければ、結果的に遅くなる可能性も十分にある。会社法で定める厳格な設計とはいえ、各社が定款や各種社内規程等で個別に定められる範囲は多く、この設計いかんでマネジメントの質は左右されると言えるだろう。特に気を付けるポイントは三つある。①取締役と執行役の同一人物による兼務は最低限にする。兼務は本人の負担増にもつながるばかりか、結局は執行側を監督すべき取締役である人物が個別の事業に関する意思決定も行うことになる。取締役会を業務執行から解放するためには、想定されるデメリットを踏まえても兼務させたい人物のみに絞るべきであろう②執行役に委譲できるものは全て委譲する。自社の業界慣習や事業特性等を踏まえ、あらゆる意思決定項目の中で何が取締役会で引き続き議論するような「重要な」意思決定項目か、個別に判断する③執行役以下の意思決定スピードを上げる制度を構築する。多くの権限を委譲された執行役が、自らが責任を持つ意思決定でいちいち判断がつかず時間がかかれば、むしろ逆効果である。執行役個人へのサポートがなければ迅速かつ適切な判断は困難であり、判断材料の提供体制の整備や、「経営会議」等の諮問機関を設置し有効に機能させることがセットで必要になる。

先の取締役会議長の言葉に関連して言えば、執行側が事業でより良い結果を出すための環境づくりが肝要であり、以上のようなポイントを踏まえた意思決定構造を構築すれば、まずトップ・マネジメント・レベルから、よりスピーディーな事業推進が図れるだろう。誰がどのような権限で何を決めるべきか、この点に狙いを持って「システム」として形にすることで、競争力向上の土台となるはずだ。


図表3 機関設計別の業務執行主体
図表4

  1. (出所)会社法をもとにみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

日本企業の「稼ぐ力」再興のために

迅速な意思決定構造によって「稼ぐ力」を高め、「一段高い水準のガバナンス」と両輪になることで、スピードと透明性を兼ね備えた、より前向きで健全な経営が実現できると考えられる。双方の実効性を高めるには意図を持った設計と運営が必須であることは重ねて付言するが、機関設計という「最も変えにくいところ」から手を付けることで、現場の行動指針や企業風土に至るまでの改革がしやすくなるのではないだろうか。

かつての高度経済成長期において、企業運営のベストプラクティスとして、世界はトヨタ自動車を代表する日本企業を研究対象にした。グローバル競争時代に突入して久しく、かつ、不確実性という単語が指す振れ幅が際限なく大きくなった今日、取り上げられるベストプラクティスは大抵GAFAMやNetflixといった米国の巨大テクノロジー企業である。彼らに共通しているのは、社員1人1人が主体的に考え、経営者然として意思決定を重ねてアクションを起こしていることである。このような風土は、現場に正式かつ適切な権限を付与し、上席はモニタリングとサポートに徹するといった「支える仕組み」があって初めて成り立つものである。

トップダウンとボトムアップはしばしば対比されるが、結局は現場が高い士気を持って質の高いアクションができるかどうか、そのための仕組みがあるかどうかが、企業の成長を左右する。現場レベルの社員から執行側のトップまでが一枚岩で事業運営に専念し、経営側は思い切って権限委譲しつつ、真に重要な意思決定と執行側のモニタリングに徹する。このような好循環の姿を実現するために、指名委員会等設置会社という機関設計は有効な打ち手である。日本企業の「稼ぐ力」の再興、そして企業価値向上に向けたツールとして、指名委員会等設置会社の今後の普及動向に改めて注目したい。

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