ページの先頭です

社会動向レポート

当社人材開発事業「越境リーダーズキャンプ」モデル実証から考察する

越境学習は、今後の次世代リーダー育成に何をもたらすのか(4/4)

社会政策コンサルティング部
担当次長 田中 文隆
主任コンサルタント 森安 亮介
コンサルタント 川崎 康太
コンサルタント 渡邉 武瑠

5.モデル実証からみる今後の次世代リーダー育成の示唆と今後の社会的課題

本稿では、2021年度にモデル実証として行った次世代リーダー育成プログラム「越境リーダーズキャンプ」の考察を通じて、新規事業開発や業務変革等大きな期待やミッションが寄せられるミドル人材がどの様な気づきを得て変容していくのか整理した。

その結果、越境体験によってもたらされる「仕事の再定義」や「自己の強みや持ち味の認識」「リーダーシップの芽生え」について、一定の効果があることが確認された。加えて、定性コメントや事後インタビュー等を踏まえると、上述のポジティブな変化は、試行的に導入したアルムナイサポーターによる1on1やチームメンバーからのフィードバックによって促されている様子も確認された。実際、1on1やグループワークの熱気を肌で感じた筆者としては、メンバーやアルムナイサポーターとの関係性が「教える・教えられる」というものでなく、相互作用的に「学びあう」関係性になったことが奏功したものと考えている。こうした関係者同士の対等な立場による相互作用は、研修プログラム後半に差し掛かるにつれ、随所で見られた光景であった。とりわけ最終発表会の直後に実施した振り返りセッションでは、そうした様子を顕著に確認することができた。振り返りセッションとは、今次の事業開発過程において自身がどの様な役割を担ってきたのか、メンバーからの指摘も踏まえて振り返るものである。ある受講生は、「グループメンバーから議論が煮詰まった際の突破力・打開力」が自身の強みとして指摘されたが、自身の強みが活かされたのは、「他の意見を持つ者との接点となったメンバーの調整力」があってのこととしており、チームとして機能したことに喜びや充実感を感じていた。こうした関係性はキャリア発達*10における共助の一端とも考えられる姿ではないだろうか。その根底には、それぞれの受講生が相互関係を通し、自己認識が研ぎ澄まされ、それらを正面から受け止めることを厭わない構えを持ち得たことがあると考えている。そこで当社では、モデル実証を経て、当ブログラムの提供価値を「受講生が今後リーダーシップを発揮していくための起点となるべき基盤を構築、あるいは再構築する場の提供」であると再定義した。

当モデル実証の期間は約2カ月間と短く、研修修了後の中長期的な効果を検証していくことが必要である。一部受講生やその上席者に対しては、追跡的なヒアリング調査を随時実施しているが、研修を通して自らの課題に気づき、意志が固まり、職場に戻ってからも実際に改善を試みている姿等を既に確認できている。前述の3要素の習得には、研修後に日常業務に戻る中で更に理解・習得が進む側面が多分にあるものと思われる。こうした中長期的な影響の把握は、効果検証上の今後の課題である。

他方で、今次の越境体験を終え、ホームともいえる自社に戻った受講生の継続的な成長、ひいては、企業ミドル人材を取り巻く構造的な課題に目をむけると、次の2つの社会的課題が浮き彫りになる。第1に、越境体験を通して得た効能を、一過性のものでなく組織として継続的なものとして維持できるのか、という点である。フロントランナーとして期待されるミドル人材のエンパワーメントに関して、今回の研修を通じて、地域や異業種同世代との他流試合による越境体験が奏功している点は確認できた。昨今の兼業・副業の解禁等によって、企業で越境体験をする人材は増えることが予想される。しかし、共助的なキャリア発達の場が重要であるならば、そうした場を継続的に誰が、どの様に質を含めて担保するのか。現場の上位管理職がその任をも担うことになるのか、または人事部や社内キャリアコンサルタント等が担当できるのか。現段階では、戦略的に「越境学習」を経営課題に紐づく人材育成施策として位置づけ、人的資本投資を継続的に行う企業は少なく、組織横断で検討すべき課題であると言えよう。

第2に、越境体験を通して得られた気づきを新規事業開発や業務変革の場でどの様に実践に昇華させ、成果に結び付けていくのか、支え手である上位管理職や組織がどの様に関わり活かしていけるのかという点である。上述の追跡的なヒアリング調査で垣間見えた中長期的な効果を勘案すると、上位管理職は、越境体験後も何らかの組織的なサポートを行うことで、効果を最大化することが望ましい。しかしながら、越境体験で得られた気づきを、組織の中で実践に向かわせ、広げていくために必要となる経験値や知見は、一般的には未だ乏しいと考えられる。

こうした次世代リーダーとしてのミドル人材に求められる継続的なパートナーシップ関係の在り方のヒントは、コミュニティや緩やかなネットワークを通じた互恵関係にあるものと考えられ、当社ではそれらに応えていく動きにも取り組んでいきたいと考えている。当キャンプは次年度も実施予定であるが、昨年度(第一期生)や今年度以降の受講生(第二期生、第三期生)も含めたプログラムへの関わり、すなわち越境学習を経たミドル人材のコミュニティの組成・運営、参画企業の人事や上位管理職を交えた勉強会等の試行を通して、これら2つの社会的課題の解決についても継続的に取り組んでいきたい。今年度は、参画企業も増え、地域フィールドに鳥取県智頭町も加え、当キャンプを実施している*11。越境・共助関係を通じて紡ぎ出されるミドル層次世代リーダーの信頼の紐帯を豊かにしていきたい。

  1. *1 当社ホームページお知らせ「大企業アルムナイと連携した法人向け研修プログラム『越境リーダーズキャンプ』モデル実証を開始」(2021年12月1日)
  2. *2大企業人材のキャリア自律や地域フィ―ルドでの活躍に関する社会実証事業(当社事務局)をまとめたものとしては、以下のレポートを参照されたい。田中文隆・森安亮介(2018)「地域企業・地域経済を成長に導くプロフェッショナル人材の活用」『みずほ情報総研レポート』vol.15、1~11ページ。
  3. *32021年度当社自主研究プロジェクト。大企業に勤めるミドル人材(35歳~55歳を想定)のキャリア形成について、ミドル層個人、企業、コーディネート機関、社会システムの4つの主体から課題及びその対応に資する着眼点について整理。
  4. *4例えば三輪(2021)は、近年のミドル以降の知識労働者に関するキャリア研究の傾向として、「知識やスキルといった人的資本あるいは認知的リソースと呼ばれるもの、人的ネットワークや社会関係資本と呼ばれるもの、そして主体性や精神的な強さ、あるいはアイデンティティや自己認識に代表される心理的な特性がある」と整理している。
  5. *5例えば新規事業創造経験者の思考特性に係る定性調査を行った研究(白石・石原2011)では、「良き世界への信念」「強烈なゴール志向」「高速前進志向」「粘り強さ」「経験に裏打ちされた自負」等が共通する思考特性だとしている。
  6. *6経済産業省令和元年度「大企業人材等新規事業創造支援事業費補助金(中小企業新事業創出促進対策事業)」に係る事業の一環として、越境学習に係る概説や大企業の越境学習導入時の留意・工夫すべき点、活用マニュアルや評価指標等が作成・公開されている。
    https://co-hr-innovation.jp/rubric/
  7. *7組織間キャリア発達とは、山本(2008)によれば、「組織を移動することにより、自己のキャリア目標に関係した経験や技能を継続的に獲得していくプロセス」であると定義している。また、組織間キャリア発達の特性の1つとして、「移動前の組織でのキャリアと後の組織でのキャリアについて、自分でそれらを意味づけ有機的に統合する等、高い自己管理が必要となる」と述べている。
  8. *8コーリング(「自分の仕事を, 自分を超えた力や, 自分自身の人生の目的, あるいは社会への貢献とむすびつけて意味づけられる感覚」)概念の構成要素の1つであり、上野山(2019)では「自分の仕事が他者や社会全体に便益をもたらすと感じる程度」であると定義されている。
  9. *9内省ログについては、本プログラムの座学講師でもある株式会社SUSUME の竹居淳一代表取締役との議論を踏まえて当社が作成した。
  10. *10三輪(2018)は、知識労働者の組織間移動に関するキャリア発達には、「働く上での目的意識の発見(確認)や再発見、環境にあわせた迅速でランダムな学習、組織外部につながる弱い結びつきのネットワークが重要である」と述べている。
  11. *11 当社ホームページお知らせ「法人向け次世代育成プログラム『越境リーダーズキャンプ』本格スタート」(2022年9月27日)

参考文献

  1. 石山恒貴(2022)「省察(リフレクション)で新たな気づきをもたらす越境学習の効果とは」『日本糖尿病教育・看護学会誌』26(1)
  2. 石山恒貴(2018)『越境的学習のメカニズム─実践共同体を往還しキャリア構築するナレッジ・ブローカーの実像』福村出版
  3. 上野山達哉(2019)「コーリングによる職務行動志向への影響の両義性:自動車販売職における定量的分析をもとに」『日本労働研究雑誌』61(12)
  4. 高橋誠・森本哲介(2015)「日本語版強み活用感尺度(SUS)作成と信頼性・妥当性の検討」『感情心理学研究』22(2)
  5. 田中聡(2021)『経営人材育成論』東京大学出版会
  6. 田中聡・中原淳(2017)「新規事業創出経験を通じた中堅管理職の学習に関する実証的研究」『経営行動科学』Vol.30(1)
  7. 田中聡・中原淳(2018)「中堅管理職における新規事業創出経験者の学習促進要因」『日本労務学会誌』Vol.19(2)
  8. 田中文隆・森安亮介(2018)「地域企業・地域経済を成長に導くプロフェッショナル人材の活用」『みずほ情報総研レポート』vol.15、1~11ページ
  9. ティム・クラーク著; アレックス・オスターワルダー&イヴ・ピニュール共著(2012)神田昌典訳『ビジネス モデル You』翔泳社
  10. 中原淳(2015)「異業種5社による「地域課題解決研修」の効果とは何か? ─アクションリサーチによる研修企画と評価─」『名古屋高等教育研究』第15号
  11. 長岡健(2015)「経営組織における水平的学習への越境論アプローチ」香川秀太・青山征彦(編著)『越境する対話と学び』第3章(65-81)所収、新曜社
  12. 長岡健・橋本諭.(2021)「越境学習, NPO, そして, サードプレイス:学習空間としてのサードプレイスに関する状況論的考察」『日本労働研究雑誌』63(7)
  13. 藤澤理恵・高尾義明(2020)「プロボノ活動におけるビジネス─ソーシャル越境経験がジョブ・クラフティングに及ぼす影響─組織アイデンティティとワークアイデンティティによる仲介効果─」『経営行動科学』31(3)
  14. 丸山淳市(2021)「仕事における持ち味発揮の探索的検討」『Works Discussion Paper』No.44
  15. 三輪卓巳(2018)「知識労働者のミドル期以降の組織間移動」(京都産業大学マネジメント研究会編)『京都マネジメント・レビュー』第33号
  16. 三輪卓巳(2021)『ミドル& シニアのキャリア発達─知識労働者にみる転機と変化─』中央経済社
  17. 山本寛(2008)『転職とキャリアの研究(改訂版)─組織間キャリア発達の観点から─』創成社
  • 本レポートは当部の取引先配布資料として作成しております。本稿におけるありうる誤りはすべて筆者個人に属します。
  • レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。全ての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。

関連情報

この執筆者(田中 文隆)はこちらも執筆しています

ページの先頭へ