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どう生かす「社内炭素価格」 脱炭素経営へ、世界850社が導入(2/2)

  • *本稿は、『日経ESG』2021年12月号(発行:日経BP)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 環境エネルギー第2部 コンサルタント 津田 啓生

社内炭素価格の活用例

多くの企業が、社内炭素価格の目的として、脱炭素に向けた投資の促進を挙げる。ひと口に投資と言っても、研究開発投資、設備投資、新規事業投資など意味するものは様々だ。そのため、投資促進の方法は「仮想費用」と「仮想収入」の使い分けがポイントとなる。

自社の排出削減につながる設備投資を促進するには、社内炭素価格を「仮想費用」として、設備導入コストに上乗せして、投資判断に活用するとよい。

仮想費用の設定価格の検討では、「推進すべき事業や設備」と「比較相手」を明確にすることが重要である。例えば、再エネ事業を推進する場合、比較相手は化石燃料事業になるだろう。設定すべき価格水準は、推進したい取り組みと比較相手の価格差が1つの目安になる。

一方、風力発電所の建設といったCO2の削減貢献量の大きな投資を進めたい場合には、自社の設定価格に削減貢献量を乗じた額を「仮想収入」として売り上げに計上することも一案である。収入とみなすことで、投資回収年数やIRR(内部収益率)といった、社内の投資基準をクリアしやすくなる。

仮想収入を計算に織り込むと「現実の収益が減るのでは」との懸念も生じるだろう。この場合、市場の成長性や自社優位性を加味するなど、先行投資としての適格性を別途検討するとよい。


社内炭素価格を投資促進に使う
図4

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

業績評価に反映できる

業績評価への反映についても解説する。業績は企業にとって最重要課題であるため、得られる効果も大きい。国内では、事業部ごとの排出量を見える化した企業が、次のステップとして検討することが多い。

方法としては、排出量を金額換算し、事業部ごとの管理会計上の損益計算書(PL)に反映するのが、一般的で、効果的だと考えられる。

実際の企業支援では、「事業部の排出に一律に炭素価格をかけると、排出の多い事業部と少ない事業部の間で不公平感が生まれる」との懸念の声も出た。したがって検討では、排出量をどのように損益換算するかがポイントとなる。損益換算の方法として、ここでは独自に「炭素税型」と「排出枠型」に分けて整理する。

炭素税型は、事業部の排出量に炭素価格を乗じた金額を、全て損失に計上してしまう。仕組みがシンプルなため、設計や運用が容易という利点がある。反面、事業の特性上排出量が多くなってしまう事業部には、不公平感が生まれやすい。

対して排出枠型は、事業部ごとに排出総量の排出枠を設定し、実際の排出量との差分を損失または利益として業績に反映する。適切な排出枠の設定は簡単ではないものの、事業部間の公平性を担保しやすい。また、評価を伸ばす余地がある分、事業部に前向きなインセンティブを与えられる。

加えて、いずれの仕組みを採用する場合も、社内の運用体制の整備が必須となる。例えば、事業部の業績を月単位で評価している場合は、排出量データも月単位で収集する必要がある。


社内炭素価格を業績評価に反映させる
図5

炭素税型では、事業部の排出量に炭素価格を乗じた金額を、全て損失に計上する。排出枠型では、事業部ごとに排出総量の排出枠を設定し、実際の排出量との差分を、損失または利益として計上する

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

TCFD新ガイダンスでも推奨

2021年8月に公開された22年度税制改正要望では、CP規制が初めて要望項目に盛り込まれた。その検討が進むほど、社内炭素価格への注目度も高まると考えらえる。

さらに、2021年10月改訂のTCFDガイダンスでは、開示が推奨される7指標の1つとして社内炭素価格が示された。今後高い注目を集めるかもしれない。

また、開示すべき気候関連の財務リスクとして収益性や減損などが例示されており、排出削減が難しい事業や資産を抱える危機感が強まると予想される。一歩踏み込んだ移行リスクの開示も増えるだろう。

こうしたリスクを管理し、低減できる手法としても、社内炭素価格にはより幅広い活用が期待されるとみられる。

ここ1、2年で国内における社内炭素価格の導入は急速に進んだが、どの企業も手探りだ。目的を明確にし、1つずつ検討を重ねれば、社内炭素価格は、脱炭素を巡る競争を企業が勝ち抜くための実践的な武器となるだろう。

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