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欧州の化学物質関連規制への影響と日本企業にもとめられる対応

EU持続可能な化学物質戦略(CSS)とは何か? そのポイントについて(2/3)

  • *本稿は、『月刊化学物質管理』2021年8月号(発行:情報機構)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 環境エネルギー第2部 後藤 嘉孝

3. 欧州の化学物質関連規制への影響と日本企業に求められる対応

3.1 安全で持続可能にデザインされた化学物質

安全で持続可能にデザインされた化学物質について、政策面、研究開発面、安全で持続可能な化学物質の生産に向けた産業の移行状況を把握するための主要業績評価指標(KPI)の策定等を行うとしている。

ここでのポイントは「安全」かつ「持続可能」という点である。安全であれば、いわゆるヒトの健康や環境に害を及ぼす影響のことを指すが、「持続可能」とは気候変動の観点からは温室効果ガスの排出量が少ないこと(バイオベースの化学物質等)やサーキュラーエコノミーの観点からはリサイクルを阻害しない物質等が該当する。

「EUの安全で持続可能にデザインされた化学物質のEU基準」に関連する動向として、「EUサステナブル・ファイナンス行動計画」における「EUタクソノミー」*5の策定がある。タクソノミーは、英語で「分類学」を意味し、2050年カーボンニュートラルやSDGsの達成に向けて、「何が環境的に持続可能な経済活動であるか」を具体的に分類し、その基準を公表するものである。EUタクソノミーにおける6つの環境分野のうちの1つに「5.汚染の防止と制御」が定義されている(図表6)が、現時点では、1.気候変動緩和及び2.気候変動適応の具体的な技術基準のみが公表されている。5.汚染の防止と制御については、2021年には具体的な技術基準の詳細が公表されるとしており、関連する基準の1つとして「EUの安全で持続可能にデザインされた化学物質のEU基準」の詳細が公表される可能性があり、注視をする必要がある。

ではどのような基準となるのかという点であるが、ESG情報開示における化学物質管理の主要業績評価指標(KPI)を定めた開示基準として、米国サステナビリティ会計基準審議会(Sustainability Accounting Standards Board:SASB)がある。SASBの「資源転換セクター -化学」においては、化学物質に関連する以下の基準があり、自社のポートフォリオ上でどの程度有害な物質を取り扱っているか等の情報開示が求められており、EUにおいても同様の基準が策定される可能性がある。


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図表6 EUタクソノミーにおける6つの環境分野
  1. 気候変動緩和
  2. 気候変動適応
  3. 水と海洋資源の持続可能な利用と保護
  4. 循環経済への移行
  5. 汚染の防止と制御
  6. 生物多様性と生態系の保護と回復

出典:EUタクソノミー規則より仮訳


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図表7 SASBにおける化学物質管理に関する開示項目
トピック 会計指標 単位
化学物質の安全及び環境管理 (1)化学物質の分類及びラベリングに関する世界調和システム(GHS)区分1及び2 の健康及び環境有害物質を含む製品の割合、(2)危険性評価を受けた製品の割合 収益当たりの%
(1)懸念のある化学物質を管理し、(2)人/ 環境への影響を低減した代替品を 開発する戦略の議論 n/a

出典:SASB「資源転換セクター -化学」より関連部分を抜粋・仮訳

3.2 安全な製品及び有害物質がない材料サイクルの達成

クリーンな循環型経済において、二次原料の生産と回収を促進し、一次及び二次原料・製品の安全性を常に確保することが不可欠であり、EUCircular Economy Action Planによれば、このためには上流での取組(安全で持続可能な製品設計)と下流での取組(リサイクル材料・製品の安全性と信頼性を高めるための取組)の組合せが必要とされている。しかし、製品中の化学物質の含有量に関する十分な情報がないことで、二次原料の市場が十分に機能し、より安全な原料や製品への移行が阻害され、消費者、バリューチェーンの当事者、廃棄物処理業者が情報に基づく選択を行うことができていないという課題を挙げている。

上記課題解決のため、ECHAのSCIPデータベースの構築及び製品パスポートの開発による材料・製品のライフサイクルを通じた懸念物質の追跡により、含有量と安全使用情報を利用可能にする取組が進められている。

さらに、有害物質のない材料サイクルに向けて要求事項を設けることにより、製品中に含まれる懸念物質を最小限に抑える取組を行うとしている。その際ープに影響を与える製品群、そして再生の可能性が最も高い繊維類、食品などの包装材、家具、電化製品やICT、建築資材や建物などを優先するとされている。なお、持続可能な製品イニシアチブは、エコデザイン指令を改訂し必要に応じて追加の立法措置を提案するものであり、EU市場に投入された製品をより持続可能なものにすることを目的としたもので、2021年第4四半期に採択される予定である。現時点で具体的な要件は公表されていないため、今後の進捗を注視する必要がある。

3.3 消費者製品における包括的アプローチ(Generic Approach)の拡大

EUにおいては、リスク管理のための包括的アプローチ(Generic Approach)を導入することで、複数法令によって消費者製品への発がん性物質の含有を制限している。しかしながら、EUの大部分の化学物質は、現状、各法令がケースバイケースで、特定の用途ごとに規制されているため、「包括的アプローチ(Generic Approach)」が特に消費者製品に対してはデフォルトの選択肢となるべきであり、多くの証拠と市民の懸念がこれを正当化しているとしている。

これを踏まえ、消費者製品(食品接触材料、玩具、育児用品、化粧品、洗剤、家具、繊維製品)中のCMR、内分泌攪乱、PBT/vPvB物質への包括的アプローチの拡大に向けたロードマップの作成を行うとしている。さらに、その他の有害影響(免疫影響、神経影響、呼吸器影響、特定標的臓器影響)に対する包括的アプローチの適用の手順と時期を検討するための影響分析を実施するとしている。

3.4 PFASの段階的廃止

ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物(PFAS)には、土壌や水(飲料水を含む)をEU及び世界中で汚染した多数の事例があり、それにまつわる公害病を発症した人の数、関連する社会的及び経済的コストを考慮すると、特に注視しなければならないとして、必要不可欠な用途(エッセンシャルユース)以外は、EUでのPFASの使用を段階的に廃止するとしている。

現在、REACH規則等において、進行中の規制提案又は最近採択された規制は図表8の通りである。この中で、特にPFAS全体に対する制限提案が化学物質戦略に対応する規制提案であり、エッセンシャルユース以外は原則禁止となる提案になると予想される。

エッセンシャルユースの定義について、最も有害な化学物質は、健康や安全のために必要である場合、または社会の機能にとって重要である場合、及び環境と健康の観点から受け入れ可能な代替手段がない場合にのみ、その使用を例外的に認めるとして、そのための特定用途の除外基準を検討するとしている。

SWD(2020)249*6では、PFASのエッセンシャルユースの具体例として、衣服に撥水撥油性を付与するためのPFASの使用を挙げている。撥水性を提供する代替物が利用可能であるが、撥油性に関するPFASと同じ性能をまだ有しておらず、一部の労働者にとっては、衣服を保護するためには、高いレベルの保護を確保するために撥油性が不可欠である可能性があり、適切な代替品が利用可能になるまでPFASを使用することを認めるべきであるとしている。一方ある種類の消費者用途では、撥油剤は便利であるが必須ではないと考えられ、したがってPFASが代替可能であるとしている。


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図表8 EUにおいて進行中の規制提案又は最近採択されたPFAS規制
規制 アクション 対象物質 ステータス等
EU飲料水指令 基準値の改訂 PFAS全体又は特定のPFAS 2021年1月12日に発効したEU飲料水指令の改訂において、全PFASに対して0.5μg/l、特定の20種類のPFASの合計値0.10μg/lの基準値が設定された。PFASのグループ化アプローチと一致。
REACH規則 制限 PFHxSとその塩及び関連物 ノルウェーが制限提案を提出、パブリックコンサルテーション等を経て、2020年11月に制限提案に対するRAC及びSEACの共同意見が公表。
REACH規則 制限 PFHxAとその塩及び関連物 ドイツが制限提案を提出、パブリックコメントの実施が終了。
REACH規則 制限 C9-C14 PFCA
(PFNA, PFDA , PFUnDA , PFDoDA, PFTrDA , PFTDA)
2017年10月6日にドイツとスウェーデンが欧州化学物質庁に制限提案を提出。2021年に採択予定。
REACH規則 制限 泡消火薬剤におけるPFASの制限 ECHAは、欧州委員会の要請に応じて、制限提案意向の提出、2021年10月に制限提案が提出予定。
REACH規則 制限 PFAS全体 オランダとドイツは、ノルウェー、デンマーク、スウェーデンの支援を受けて、2019年12月に環境評議会(Environment Council)の声明を支持し、PFAS の幅広い用途をカバーする制限案の作成に取り組むことを発表。2022~2023年に欧州化学物質庁(ECHA) の科学委員会で議論され、2025年に発効する可能性があるとしている。

出典:ECHA ホームページの情報に基づき作成

3.5 内分泌かく乱物質への対応

内分泌かく乱物質を特定している法規制(植物保護製品規制、殺生物剤規則)はあるが、EUの規制全体からは“部分的かつ限定的”であるため、内分泌かく乱物質を適宜特定してヒトと環境へのばく露が最小限に抑えられるように、規制を統合し簡素化する必要があるとしている。特に消費者製品における内分泌かく乱物質の使用を回避する上で、法規制全般にわたるリスク管理への予防的で包括的アプローチ(GenericApproach)(3.3参照)の採択が必要としている。

WHOの定義に基づき、農薬及び殺生物剤に関する制定済みの基準に従って、内分泌かく乱物質に対する法的拘束力を有する危険有害性物質の特定を規定(3.7参照)し、それをすべての法規制に適用することを提案するとしている。内分泌かく乱物質であると特定された場合には、エッセンシャルユースを除き、今後は消費者製品での使用を禁止されることになる。

3.6 混合物評価係数(MAF)の導入

化学物質の複合影響への対処として、混合物評価係数(Mixture Assessment Factor;MAF)の導入が挙げられている。背景として現在のEUにおける化学物質のリスク評価は、特定の用途における単一物質又は「意図された混合物(塗料等)」に対して実施しており、異なる供給源からの複数の化学物質による複合ばく露や経時的なばく露は考慮されていないが、閉鎖環境では複合影響が強まる場合があるとしている。異なる供給源からの同一物質への累積ばく露を評価する法律はあるが、「意図していない混合物(環境中で異なる排出源から複数の物質にばく露する場合等)」の影響を考慮するための明示的な要件は一般的に欠如しているとしている。

「意図された混合物」については、労働者保護では考慮されているとしており、これは一般に労働環境における複数物質のばく露の際には既に“混合評価”が行われている実情があるためである。EU労働における化学物質に関連するリスクからの労働者の健康及び安全の保護に関する指令(98/24/EC)*7の第4条においては、「いくつかの有害な化学物質へのばく露を伴う活動の場合、リスクは、そのような化学物質すべてが複合して提示するリスクに基づいて評価されなければならない。」と定められており、具体的な評価方法として、例えば、日本産業衛生学会「許容濃度等の勧告(2020年度)」において混合効果は以下の通り取扱うとしている(図表9)。

上記のような「意図された混合物」については既に評価方法が確立されているが、「意図していない混合物」については、いくつかの発生源からの特定の物質、及び特定の物質群(ダイオキシンやPAH)への総合的なばく露を除いて、評価を行うデータが不足しており、具体的な評価の実施方法に関する特定の要件やガイダンスは存在していない。

そこで、より実用的な評価方法として、混合物評価係数(MAF)の導入が検討されている。SWD(2020)250*8において、MAFは以下のように説明されており、単一化学品の評価時に、複合影響を加味するための「安全係数」としての位置付けである(図表10)。

これまでのリスク評価結果に対して混合物評価係数を適用すると、図表11のようにリスク判定比(Risk Characterization Ration;RCR)が増加し、一部の評価結果においてはRCRが1を超える場合も出てくると考えられる。許容できないリスクが発見された場合には、追加のリスク管理手段を導入する必要が出てくる可能性がある。なお、具体的なMAFの適用方法や適用手順(RCRの計算ステップではなく、ばく露量の推定ステップにおいて適用する可能性もある)は今後検討される。

また水、食品添加物、玩具、食品接触材料、洗剤、化粧品に関する法規制など、関連する他の法規制の複合影響を考慮に入れるための規定を導入または強化するとしている。


図表9 日本産業衛生学会における混合物の評価方法
図9

出典: 日本産業衛生学会「許容濃度等の勧告(2020 年度)」より一部抜粋


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図表10 混合物評価係数(MAF)の定義
「混合物配分係数」とも呼ばれることもあるが、混合物に特異的な評価を実施することなく複合曝露を包括的にカバーするために、単一化学品のリスク評価に適用できる追加の安全係数である。リスク評価におけるMAFの使用の可能性については長い間議論されてきたが、このアプローチはEUレベルでの規制目的にはこれまで適用されていない。

出典:SWD(2020)250、太字は筆者による


図表11 混合物評価係数(MAF)を適用した場合のリスク評価イメージ
図11

出典:MAFの具体的な適用方法や値は示されていないため、SWD(2020)250における混合物評価係数(MAF)の定義を参考として、筆者がMAFの適用イメージを作成

3.7 CLP規則の改訂による新たな化学物質分類の提案

2021年4月12日付け欧州委員会による化学物質戦略に関するECHAへの要請*9によると、CLP規則改訂のためにECHAは下記の5つの基準を新たに策定するとしている。さらに国連GHS基準への提案も実施していくとしており、これが今後新しいGHS分類基準に追加されれば、SDSへの記載等の対応が必要となる。以降では、特に聞きなれない基準である①PMT/vPvMについて、詳細を解説する。

①PMT/vPvM
②陸生生物毒性
③免疫毒性及び(発達)神経毒性
④内分泌かく乱物質
⑤PBT/vPvB

2019年7月、REACH規則において2,3,3,3-tetrafluoro-2-(heptafluoropropoxy)propionic acid(HFPO-DA)がSVHC に追加された。HFPO-DAは、難分解性及び水中での移動性(Mobility in water)に基づいて、SVHCに追加された初めての物質である。このような物質の特性は、難分解性、移動性及び毒性(PMT)及び極めて難分解性で高い移動性(vPvM)として特徴付けられ、飲料水源の汚染源等となる可能性が高いとされている。

ドイツ環境庁(UBA)が2019年のレポート「REACH:PMT/vPvM物質の特定及び評価の手引及び方法の改善(REACH: Improvement of guidance and methods for the identification and assessment of PMT/vPvM substances)」*10においてPMT/vPvMのクライテリア、及びアセスメントの方法が具体的に記載されている。移動性(Mobility;M)の提案された定義は図表12の通り。

なおレポートにおいて、2017年5月の時点でREACHに登録された15,469物質に当該基準を適用したところ、260物質がPMTまたはvPvMの基準、224物質がPMの基準を満たし、5,593物質のデータが低品質/不十分であるとされている。


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図表12 移動性(Mobility; M)の定義

移動性(M)
pH4~9の範囲においてlog Kocが4.0未満

高い移動性(vM)
pH4~9の範囲においてlog Kocが3.0未満

出典 :UBA(2019)“REACH: Improvement of guidance and methods for the identification and assessment of PMT/vPvM substances”


3.8 REACH規則の情報要件等の拡充

2021年4月12日付け欧州委員会による化学物質戦略に関するECHAへの要請*9によると、REACH規則の対象を絞った改訂のための影響評価を支援するために、2021年中及び2022年初めまでに多くの活動または研究が実施されるとしており、2022年に影響評価が実施され、2022年末までにREACH規則の目標とする改訂案が採択されるとしている。EU持続可能な化学物質戦略におけるアクションプラン*3及び欧州委員会で要請では、REACHの改訂について以下の検討項目(前述の3.1~3.6に挙げた項目を除く)が挙げられている。

(1)危険有害性情報に係る登録要件の修正

神経毒性、免疫毒性、発がん性、内分泌かく乱などの重要な有害性を持つ物質の特定を可能にするために情報要件を修正する必要があるとしている。

(2)環境フットプリントに関する情報

EU持続可能な化学物質戦略では、安全で持続可能な物質・材料・製品の開発に向けた取組として、持続可能性の評価へ使用する情報を提供するために、物質の環境フットプリント(温室効果ガス排出等)を情報要件に導入する最善の方策が検討される。

(3)SVHCの要件の改正

内分泌かく乱物性質、難分解性・移動性・毒性(PMT)、非常に難分解性・非常に移動性(vPvM)の物質をSVHCの定義に追加するREACH第57条を改正する提案が行われる。

(4)懸念ポリマーの登録義務化

REACHに基づく登録義務を特定の懸念ポリマーに拡大することが提案される。SWD(2020)249*6によると、PFASの規制への対応として、一部のPFASはポリマーであることから現在REACH登録の対象となっていないことが課題として挙げられており、特定のポリマーのPFAS登録を意図していると考えられる。

(5)1~10トンの物質の化学物質安全性報告書の義務

REACHの情報要件を改正して、その量に関係なく、EUで製造または輸入されたすべての発がん物質を特定できるようにするとしている。SWD(2020)247*11によると、第138条(1)の見直しの結果、CSA/CSRの報告義務を1~10トンにおけるCMRの区分1A/1B物質に拡大することが強く推奨されると結論付けている。

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