統合の実践に向けたアプローチ ウェルビーイングとネイチャーポジティブを統合した企業の取組の道筋【後編】
2025年11月25日
サステナビリティコンサルティング第1部
鬼頭 健介
古川 笑
社会政策コンサルティング部
利川 隆誠
前編はこちらはじめに
近年、ウェルビーイング(Well-Being)が新たな社会課題のトピックとして注目される一方、サステナビリティの文脈でネイチャーポジティブの重要性も増している。企業が両者を統合して取り組むことは、サステナビリティの取組や企業価値の向上を推進する際のカギになる可能性がある。後編となる本稿では、前編の整理を踏まえ、ウェルビーイングとネイチャーポジティブを統合して取り組む具体的なアプローチについて解説する。
ウェルビーイングとネイチャーポジティブの統合に取り組む3つの領域
前編の通り、企業がウェルビーイングとネイチャーポジティブの双方に貢献する統合的な取組を進めることの重要性は、今後増していくと考えられる。企業が両者を統合して取り組むべき領域は、大きく3つに整理できる(図1)。
図1. 企業がウェルビーイングとネイチャーポジティブの統合に取り組む領域

1つは、サプライチェーンの直接操業(製品の製造)において、自社の従業員のウェルビーイングと、自社拠点や社有林における自然資本の保全を結びつけるアプローチである。例えば、敷地内の憩いの場となる緑地の設置、社有林での従業員向け自然体験イベントの実施などが考えられる。これにより、従業員のストレス低減などに寄与するとともに、自然資本の保全にも貢献できる。従来の「ウェルビーイング経営」にネイチャーポジティブの視点を加えたアプローチであり、活動を生物多様性とウェルビーイングの両面で対外発信しやすくなる。
2つ目は、サプライチェーンの下流(製品・サービスの利用)において、顧客や利用者のウェルビーイングと、製品やサービス、施設における自然資本の保全を結びつけるアプローチである。不動産・建設セクターでは既にこうした取組が進んでおり、開発時に敷地内に緑地を創出し、周辺の生物多様性向上に寄与すると同時に、利用者に快適性や心理的安定をもたらしている。また、持続可能な木材を利用した木造・木質建築は、適切な森林管理を通じて森林生態系の保全に貢献しつつ、木質空間が居住者のストレス緩和や集中力向上に効果を及ぼすことが期待できる。こうした取組は、生物多様性とウェルビーイングの両面で製品・サービスの価値を訴求でき、収益や企業価値の向上につながると考えられる。具体例としては、積水ハウスが庭木の植栽による居住者のウェルビーイング向上と生物多様性保全の効果を*1、三井不動産が木造・木質建築における居住者のウェルビーイング向上の効果を定量評価している*2。
3つ目は、サプライチェーンの上流部分(原材料の生産)において、一次生産者のウェルビーイング向上と、農地などの生産現場の自然資本の保全を結びつけるアプローチである。例えば、環境負荷を低減した農法の推進に加え、その農作物をプレミアム価格で買い取ったり、新しい農業技術の導入をサポートしたりすることで、農地の生物多様性保全に貢献しつつ、生産者の収益やその安定性を高め、社会面のウェルビーイング向上に寄与できる。具体例としては、キリンHDが紅茶農園の労働者のウェルビーイングの評価を始めている*3。国際イニシアチブ等が検討している持続可能な農業の評価指標群には、化学農薬・肥料の使用量やGHG排出量に加え、農家のメンタルヘルスや身体的健康、収入ちったウェルビーイングの指標も含まれている*4。自然資本の側面だけでなく、農家のウェルビーイングの側面も含めて持続可能な調達を推進することが今後重要になるだろう。
ウェルビーイングとネイチャーポジティブの効果を評価するポイント
ウェルビーイングとネイチャーポジティブを統合した取組を実施する際には、その効果の評価が重要だ(図2)。評価結果を取組の進捗の把握や計画の見直しなどに役立てれば、順応的管理を進めることができる。自然資本への効果は、TNFDの開示指標なども参考にし、土地利用や汚染などの環境負荷の低減や生息する生物の個体数の増加などを用いて評価するとよいだろう。一方で、ウェルビーイングの評価は、多くの企業にとって不慣れだろう。
図2. 自然資本とウェルビーイングへの効果の定量評価の全体像

ウェルビーイングの評価には、客観的ウェルビーイング指標と主観的ウェルビーイング指標を用いることができる。客観的指標としては、平均寿命や教育機会などの統計データや、脈拍数や唾液中コルチゾール量などのバイタルデータなどがある。周囲にある緑地や公園の面積、自然との接触頻度などの自然資本に関連する指標も使われる。主観的指標は、各個人が感じているポジティブ感情や人生の満足度を、アンケート調査などを用いて把握する。また、最後に、ウェルビーイングの効果と自然資本の効果の関連性を、重回帰分析などで検証することが重要である。参考になる国内外のウェルビーイングの評価のガイドラインや学術論文も多いので、それらを参照しながら評価するとよい。
ウェルビーイングとネイチャーポジティブの統合した取組の実施の3つのポイント
ウェルビーイングとネイチャーポジティブを統合した取組を実施し、その効果を評価する際には、3つのポイントを押さえることが重要になる。
1つは、自然とウェルビーイングの多面性である。自然資本は野生生物だけでなく、生態系全体や水資源なども含む多面的な概念である。ウェルビーイングも多面的であり、身体的、精神的、社会的の3つの側面を持ち、さらに主観的ウェルビーイングは「生活満足度」「感情(Affect)」「ユーダイモニア」の3要素からなるとされる*5。ウェルビーイングおよび自然資本のどの側面に焦点を当てるかで、取組内容や評価方法が変わるため、取組の初期段階で、自社が重視する側面を明確に決めることが重要だ。
2つ目は、自然資本とウェルビーイングの地域性である。自然資本の保全重要度や開発圧には地域差があり、保全の取組の優先度や適した取組内容は地域により異なる。ウェルビーイングの状態や課題も地域ごとにそれぞれである。また、自然資本がウェルビーイングにもたらす効果にも地域性がある可能性も指摘されている*6。そこで、地域ごとに自然資本とウェルビーイングの現状や課題の特徴を多用な指標で分析し、取組を行う地域の優先度を判断したり、各地域の特徴に即した取組を実施したりすることが重要になる(図3)。TNFD対応のLocateフェーズにおける「優先地域の評価」の考え方を、ウェルビーイングにも拡張するイメージで取組を進めるとよいだろう。
3つ目は、従業員や顧客の自然に対する働きかけの促進である。近年の研究では、自然資本のウェルビーイング向上の効果は、自然資本が近くに存在することだけではなく、レクリエーションや訪問などを通じてその自然に能動的に直接関与してこそ効果が高まる可能性が指摘されている*7。つまり、効果を最大化するために、緑地創出や森林保全などの保全活動をするだけでなく、従業員や顧客がその自然に直接関わるように促す仕掛けを設計することが重要だ。
終わりに
ウェルビーイングとネイチャーポジティブという一見異なるトピックを統合して取り組むことは、企業のサステナビリティの取組を一歩先に進められる可能性を秘めている。直接操業、上流(原材料の調達)、下流(製品・サービスの利用)のそれぞれの領域で、両者を統合できる可能性がある。ウェルビーイングとネイチャーポジティブの多面性や地域性に留意し、人と自然の関わりを促す仕掛けも織り込みながら、できるところから両者を統合した取組に着手してみてはどうか。
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*1積水ハウス ニュースリリース(2024年7月9日) 「『5本の樹』計画の在来種中心の植栽がウェルビーイングの向上に寄与」
https://www.sekisuihouse.co.jp/company/topics/topics_2024/20240709/ -
*2三井不動産 ニュースリリース(2023年10月25日) 「東京大学×三井不動産グループ 『木の空間は身体に良い』を科学的に証明する」
https://www.mitsuifudosan.co.jp/corporate/news/2023/1025/ -
*3キリンホールディングス ニュースリリース(2025年6月30日) 「キリンホールディングスと東京大学が、スリランカ紅茶農園の社会的・環境的インパクト評価に向けた共同研究を開始」
https://www.kirinholdings.com/jp/newsroom/release/2025/0630_02.pdf(PDF/608KB) -
*4例えば、WBCSDとOne Planet Business for Biodiversity(OP2B)が作成した再生農業のフレームワークでは、取水量や肥料使用量などに加えて、生産者の年間収入が再生農業の進捗度を測る指標として挙げられている。
WBCSD・OP2B「Implementing outcome-based metrics to scale regenerative agriculture」
https://www.wbcsd.org/resources/implementing-outcome-based-metrics-to-scale-regenerative-agriculture/ -
*5OECD. (2013). OECD Guidelines on Measuring Subjective Well-Being, Paris: OECD Publishing
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*6Uchiyama, Y., Kyan, A., Sato, M., Ushimaru, A., Minamoto, T., Harada, K., ... & Yamamoto, K. (2025). Association between objective and subjective relatedness to nature and human well-being: Key factors for residents and possible measures for inequality in Japan’s megacities. Landscape and Urban Planning, 261, 105377.
https://doi.org/10.1016/j.landurbplan.2025.105377 -
*7Fian, L., White, M. P., Arnberger, A., Thaler, T., Heske, A., & Pahl, S. (2024). Nature visits, but not residential greenness, are associated with reduced income-related inequalities in subjective well-being. Health & Place, 85, 103175.
https://doi.org/10.1016/j.healthplace.2024.103175
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