Introduction

「MaaS」とは、「Mobility as a Service」の略である。あらゆる「移動」を一つのサービスとして捉え、シームレスな移動を実現する新しい概念だ。北欧の取り組みが注目され、欧州各地を始めとした世界に拡大しつつある「MaaS」は、国土交通省主導の下、日本でも検討が本格化し、現在も様々な地域で実証実験等が行われている。当社は「MaaS」に関わる政策検討を支援する中心メンバーとして、プロジェクトに参加。現在の取り組みと、導入における重要な視点、そして「MaaS」が実現されたあるべき姿を紹介する。

コンサルタント

西村 和真

デジタルコンサルティング部 政策・技術戦略
チーム

西村 和真 Kazuma Nishimura

2013年入社

所属する政策・技術戦略チームは、AIや5Gなどのデジタル技術やその利活用、開発・利活用を担う人材、材料やバイオ等を含む科学技術といった幅広い領域をターゲットに、リサーチやコンサルティング業務を行う。その中で西村は、自動運転や「MaaS」、無人航空機(ドローン)などのモビリティや、AR・VR・MRなどのデジタル技術を活用した新サービスの社会実装に向け、政策立案支援や、ビジネスの創出・事業化支援などを担当している。

MasSへの期待と、
そこにある課題。

2019年3月、国土交通省は「都市と地方の新たなモビリティサービス懇談会」にて、現状の「MaaS」への取り組み状況や、今後の方向性を記載した「中間とりまとめ」を公表した。その中で、都市部・地方部の公共交通サービスが危機的状況に置かれていることが指摘されている。

公共交通サービスの現状:【都市部】少子高齢化の影響で運転者が不足しており、黒字のバス路線でも運行本数を削減せざるを得ない状況/【地方部】自家用車による移動が多いことや少子高齢化によって需要が低下しており、サービスの縮小や撤退が顕在化している

公共交通サービスは、地域を支えるインフラとしての側面があることから、そのインフラ維持に向けた取り組みの必要性が高まっている。そうした中、検討されているのが「MaaS」の導入である。

「MaaS」は、個々のモビリティ(主に公共交通機関)ごとに分散されていた各種情報をデータとして連携することや、予約・決済などを含む各種サービスを統合することで、様々なモビリティを活用したシームレスな移動を実現するものである。「MaaS」の実現により、移動にかかる時間や手間が省け、よりシームレスな移動が可能になることで、地方部のみならず、都市部の移動ユーザの利便性が高まることも期待されている。

個々のモビリティ(主に公共交通機関)ごとに分散されていた各種情報をデータとして連携、そして予約・決済などを含む各種サービスを統合することで、シームレスな移動と体験を提供

現在、人が目的地へ移動しようとする際、経路検索サービス等で様々な公共交通機関の時刻表や乗り換え情報を確認し、移動の計画を立てることが主流になっている。また目的地周辺や経由地周辺の店舗・観光情報を検索することで、移動中や目的地での行動を同時に計画することも多い。このように、様々なモビリティの経路や利用料金・周辺情報を利用者が一元的に確認できるという「MaaS」の一形態はすでに都市部を中心に実現されている。しかしながら、各交通事業者が保有するモビリティに関する多様な情報は、同業他社との差別化を図るための独自の情報を含んでいる場合も多く、100%一元化されているとは限らない。また、Web上に開示されている時刻表等の情報が不正確・不十分であるといった情報の信頼性の面での課題も散見される。日本全国で高いレベルの「MaaS」を実現するためには、各交通事業者による情報を正確に連携していくことは不可欠である。当時入社7年目の西村は、まずこの課題に対峙することになる。

MaaSの基盤となる
データ連携の促進に向けた
ガイドラインの作成。

西村は入社以来、デジタル/モビリティ領域の政策策定支援を行うプロジェクトに関わってきた。今回プロジェクトリーダーとして、現状の交通サービスにおける課題整理、検討会の立ち上げ・運営、ガイドラインの作成、有識者や交通事業者などの多様な関係者との調整を実施。その中でも、本プロジェクトの第一目標は交通事業者同士でのより円滑なデータ連携を目指す指針・ガイドラインの作成であった。

「データ連携においてまず重要となるのが、何のデータをどのような形で連携するかといった方向性について共通認識を形成することです。連携する事業者同士でデータの内容、形式などが可能な限り共通化されることで、より効率的な連携が可能となります。ガイドラインでは、連携するデータの範囲やその取扱いルール、データの形式等について細部まで整理しました。一部の事業者間では先行してデータ連携を実現しているものもありますが、『MaaS』は萌芽期であり、これから『MaaS』導入の検討を始める交通事業者や自治体等にとっては、その検討材料としてガイドラインは大きな意味を持つものです。しかし、ガイドラインを作成しても使われない、参照されないものになっては意味がありません。多様な関係者が納得した上で合意できることや、読み手が自分事として理解できること、将来的な技術やサービスの発展を阻害しないこと等が非常に重要なポイントであると考え、ガイドライン作成に取り組みました。」(西村)

保有するデータの形式・種類が異なり、そのままでは連携できない→各種ガイドラインに基づき、連携用のデータや連携手段を構築→データの形式や連携方法が揃うことで、各事業者がデータを利活用しやすくなる

本プロジェクトと同時期に、国土交通省は、モビリティサービス推進課を新設。「MaaS」推進への強い意気込みは西村にも痛いほど伝わってきた。その中で、初めての成果物となるガイドラインは多くの意義を持っていた。

「『MaaS』に関わるガイドラインの作成は、国土交通省に限らず様々な省庁が関係しており、スマートシティをはじめとする広範な政策・施策との整合も求められました。そのため内容の検討にあたっては、国土交通省の担当者と議論を重ねたほか、多くの関係省庁と情報交換することで進むべき方向性を見出しました。常に意識していたのは、自分の意見だけに固執せずに、国土交通省が持っている知見や当社が持つ強みを融合させ、それらを活かしながら進めることです。」(西村)

政府によって事業者向けのガイドライン作成が先行して進められていたFintechを含む金融分野は参考になる部分が多かった。金融分野の情報収集にあたっては、みずほ銀行の証券部やデジタルイノベーション部と連携し情報交換を行い、〈みずほ〉のAPI(Application Programming Interface)*に関する検討で蓄積された総合金融グループならではのノウハウ・知見の一部をガイドライン作成に活かすことができた。APIの開放度、すなわちどの程度まで情報を連携するのかといった基準や、API仕様の標準化等、「MaaS」におけるデータ連携に通じる内容が多かった。また、APIを公開する〈みずほ〉などの金融機関や、APIを利用し、データを活用するフィンテック企業という、APIに関係するプレイヤーの構造が「MaaS」と類似することから、その検討過程や結果が非常に参考になったのだ。

*API:Application Programming Interface (アプリケーション・プログラミング・インタフェース) の略。アプリケーション・ソフトウェアを構築および統合するために使われるツール、定義、プロトコルを指す。

「MaaS」の普及が、
都市や地方のあり方を変える。

西村が目指す「MaaS」のあるべき姿は、事業者間のデータ連携に留まらない。よりシームレスな移動を実現するためには、データだけではなく、各交通事業者が提供する予約や決済、検索などのサービスや機能を含めた統合・連携が必要となる。決済に関しては複数のモビリティに対する運賃の支払いを一つの交通系ICカードで対応できる状態になっているほか、移動に限らずキャッシュレス決済の導入は全国的に普及しつつあるものの、まだまだ拡大の余地はある。例えば、新幹線や航空機、フェリー、旅客船といった中・長距離移動における決済・予約手段における統合や、交通に限らず、小売や飲食といった様々な分野で決済・予約手段を連携・統合することが必要である。さらに先の段階として、複数のモビリティを毎月定額で乗り放題にするようなサブスクリプション型のサービスも検討や導入が進められており、サービスの統合という形の「MaaS」も実現が進んでいる。

「MaaS」は、移動の利便性向上だけでなく、様々な効果が期待されている。
「『MaaS』は、移動手段の確保・充実に加え、誰もが自由に自立的に活動できるユニバーサル社会の実現に資することが期待されています。移動の目的となる地域の小売・飲食業や、医療・福祉・教育などの行政サービスとの連携により、移動自体の高付加価値化が図られ、移動需要も喚起できる可能性があります。また、『MaaS』を実現することで、人の移動に関連するデータの収集が可能となり、それらのデータを匿名化して公共交通やまちづくりに活かした、より良い未来の実現が期待されます。『MaaS』の導入とその推進は、人々のライフスタイルを大きく変え、かつ都市と地方のあり方をより良い姿にしていくものだと考えています。」(西村)

小売・飲食業や、医療・福祉・教育などの行政サービスとの連携→データ収集→新たなサービスと統合→高付加価値化→移動需要の喚起/より便利な公共交通/新たなまちづくり

2020年度から、ガイドラインに基づく「MaaS」の実証事業は各地で始まっているが、それらの取り組みを通じて、様々な課題が顕在化している。ガイドラインについても一つ一つの課題に対応して適時見直しを図っており、2023年3月にはVer.3.0に改訂された。加えて、「MaaS」に対する期待は年々高まっており、実証実験に留まらない「MaaS」のあり方についても検討が求められている。
「今後、『MaaS』の普及拡大で重要なことは、実証実験で終わるのではなく、いかに取り組みを自立的かつ継続的に進めていくかです。人口減少や少子高齢化に伴い、需要が減少傾向にある地方の公共交通機関が、『MaaS』への取り組みを継続するには、小売・飲食・観光などの関連分野との連携によって、公共交通を含む地域の暮らし全体の課題にアプローチし、いかに収益を継続的に確保できる新たなビジネスモデルを創り上げるかどうかが非常に重要です。」(西村)

これらの工夫は、都市部と地方部によって異なる部分もある。都市部では、多様なモビリティや移動目的に関わる情報が連携され、移動の利便性を高めることなどが重要となる。一方地方部では、移動需要にばらつきがあるため、オンデマンド型のモビリティサービスを導入することで、コストの削減を達成しつつ、利用者のニーズを満たすことが必要となる。地域特性や住民のニーズにより必要とされる「MaaS」のスタイルが異なることから、必ずしも国内の成功事例や諸外国等の取り組みがそのまま参考にできるものとは限らない。日本人の国民性や地域特性を踏まえた日本版「MaaS」を、今後も西村は追い求めていく。

※所属部署は取材当時のものになります。